ピンドラの話
ピンドラ18話
多蕗さんの幼少期の回想で弟が猫踏んじゃったを演奏してたのって
シュレディンガーの猫(毒家庭という箱の中で生きてるのか死んでるのか曖昧な状態の多蕗兄)を、才能厨の母と才能持ちの弟が「踏んじゃった」(左手を潰させ、二度とピアノを弾けなくさせた)って意味だったのかな
その後子どもブロイラーに棄てられた(自主的に向かった?)ぐらい自分の存在価値を失っていたところを桃果に救われて、そのお陰で大人になっても生きるのを諦めずに居られたのに
一集団の歪んだ思想である日突然桃果を勝手に消されたんだから高倉家の事を末代まで怨んでしまうのも無理ないよなと思った
陽毬を人質にしてるシーンで冠葉の足元に赤色の毛糸玉・多蕗さんの足元に桃色の毛糸玉が転がる描写は
糸玉=心臓
垂れ流された糸=生命線,規制線
に見えた
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全編通してあの作品の石田さんの怪演ぶりが凄い
それとピアニスト夫の妻役に久川さんを宛がうのが皮肉だし、久川さんの声で叱られたい願望のある私には「ママは才能のある子が大好きなのよ」の台詞でこっちまでメンタル削られそうになる
苹果ちゃんと多蕗さんが公園で会話してるシーンで3匹の猫が並んで動く描写があるけどあれも何だったんだろう
「シュレディンガーの猫だよ」って会話中に言ってたから大人になっても幼少期のトラウマを引き摺り続けていたのか
あと映画の桃果と本編のプリクリ様で"信仰対象"の表現が異なるのも良い
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文章化すると膨大な長さになりそうな複雑な心理描写や、文章化しづらいデリケートな要素を映像表現で圧縮・簡略化させるのも毎回凄かった
圧縮前の情報量をそれだけ制作側で話し込んでいた証拠というか…
視聴者に頭を使わせて自由に解釈させていいという余裕を感じる作品はとても好きです 色んな意見と思考の酌み交わしが新鮮なので
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カエルくん 次は何を救う
多蕗さんの幼少期の回想で弟が猫踏んじゃったを演奏してたのって
シュレディンガーの猫(毒家庭という箱の中で生きてるのか死んでるのか曖昧な状態の多蕗兄)を、才能厨の母と才能持ちの弟が「踏んじゃった」(左手を潰させ、二度とピアノを弾けなくさせた)って意味だったのかな
その後子どもブロイラーに棄てられた(自主的に向かった?)ぐらい自分の存在価値を失っていたところを桃果に救われて、そのお陰で大人になっても生きるのを諦めずに居られたのに
一集団の歪んだ思想である日突然桃果を勝手に消されたんだから高倉家の事を末代まで怨んでしまうのも無理ないよなと思った
陽毬を人質にしてるシーンで冠葉の足元に赤色の毛糸玉・多蕗さんの足元に桃色の毛糸玉が転がる描写は
糸玉=心臓
垂れ流された糸=生命線,規制線
に見えた
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全編通してあの作品の石田さんの怪演ぶりが凄い
それとピアニスト夫の妻役に久川さんを宛がうのが皮肉だし、久川さんの声で叱られたい願望のある私には「ママは才能のある子が大好きなのよ」の台詞でこっちまでメンタル削られそうになる
苹果ちゃんと多蕗さんが公園で会話してるシーンで3匹の猫が並んで動く描写があるけどあれも何だったんだろう
「シュレディンガーの猫だよ」って会話中に言ってたから大人になっても幼少期のトラウマを引き摺り続けていたのか
あと映画の桃果と本編のプリクリ様で"信仰対象"の表現が異なるのも良い
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文章化すると膨大な長さになりそうな複雑な心理描写や、文章化しづらいデリケートな要素を映像表現で圧縮・簡略化させるのも毎回凄かった
圧縮前の情報量をそれだけ制作側で話し込んでいた証拠というか…
視聴者に頭を使わせて自由に解釈させていいという余裕を感じる作品はとても好きです 色んな意見と思考の酌み交わしが新鮮なので
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カエルくん 次は何を救う